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広島高等裁判所 昭和42年(う)259号 判決 1969年5月09日

主文

一、原判決を破棄する。

二、被告人林を罰金五千円に、被告人金を罰金三千円に処する。

三、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

四、訴訟費用中、原審証人森本友治、≪中略≫同菊永庄太郎(昭和四二年一月一六日請求分)に支給した分は被告人林の負担とし、同岡本雄司(昭和三九年七月二七日、同年九月二一日請求分)、同山下勝生に支給した分は被告人両名の平等負担とする。

五、本件公訴事実中逮捕監禁致傷の点につき、被告人金は無罪。

理由

本件各控訴の趣意は記録編綴の被告人両名の弁護人於保睦作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は同じく記録編綴の広島高等検察庁検事岩本信正作成名義の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一、被告人林幸雄関係

(一)  事実誤認の控訴趣意について

所論は、被告人林の作成提出した原判示臨時運行許可申請書の記載事項は真実であって、同被告人が詐欺の手段により自動車臨時運行の許可を受けた旨の原判決の認定は事実を誤認したものである、というのである。

よって考察するに、原判決が判示第一につき挙示する各証拠によれば、被告人林が臨時運行の許可を受けた自動車は、同被告人の勤務する構内タクシー株式会社所有の営業用自動車であって、原判示のごとく、昭和三八年のいわゆる春期闘争に際し、同会社と右被告人所属の山口県自動車交通労働組合構内支部との間に労働条件に関し団体交渉が進捗せず、労使間に紛争が生じ、同年四月一八日右会社においてその所有する大部分の車両を組合の支配から取り返し、組合に対しロックアウトを断行したが、その際本件の自動車は会社側の回収を免がれ、依然として組合がこれを占有していたところ、右自動車の車体検査証の有効期限が迫るに及び、会社側では右有効期限満了前に本件自動車の車体検査を受ける必要があるとして組合にその返還を求めていたものであり、同年五月二八日ごろ開かれた団体交渉の席上においても自動車の返還問題が討議されたが、組合側は代替自動車との交換を主張して譲らず、車体検査の点については組合側が検査期限に間に合わせるよう手配するから、本件自動車の整備点検は組合側に委せてもらいたい旨提案したが、会社側は社長の決裁を要するとの理由で即答を避け、結局合意に達せず、本件臨時運行許可申請は会社の了解を得ず無断でなされたもので、臨時運行の許可を受けた後も許可申請に掲げた運行の目的および経路に従わず、右自動車が組合用務のため随時運行使用され、被告人林あるいは他の組合員において本件車両の新規検査を受けた事実がないことが認められるのであって、以上認定の事実に徴すれば、原判示第一(一)の申請書中、新規検査を受けるため下関から山口市まで自動車を回送する旨、同(二)の申請書中、同様の目的で豊浦町から山口市まで回送する旨の記載はいずれも虚偽であって、被告人林は本件臨時運行許可申請当時、右申請の趣旨にそう目的意思をもっていなかったことを肯認し得るのであるから、原判示第一の事実認定は正当として是認できる。原判決には所論のような事実誤認はなく、この点の論旨は理由がない。

(二)  量刑不当の控訴趣意について

所論は、原判決の量刑は重きに失し不当である、というのである。

よって、記録および証拠を調査するに、本件は、その動機、態様、罪質に徴し悪質な事犯とはいい難く、その犯情にかんがみ、原判決の量刑はやや重きに過ぎるものと認められる。この点の論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人林に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において本件被告事件につき更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する各法条を適用して、主文のとおり判決する。

第二、被告人金慶俊関係

(一)  原判示第二の(一)に関する事実誤認の控訴趣意について

所論は、被告人金は原判示のごとく岡本静一を脅迫したことはない、というのである。

しかし、記録および証拠を調査するに、原判決の挙示する対応各証拠を総合すれば、原判示脅迫の事実はこれを肯認することができるのであって、原判決が証人岡本雄司の供述の一部を排斥し、その余の判示認定にそう部分を証拠として採用したのも格別に採証法則に違反したものとはいえない。論旨は理由がない。

(二)  原判示第二の(二)に関する法令適用の誤ないし事実誤認の主張について

所論は、小島徳夫の原判示車両損壊行為は、威力業務妨害、器物損壊ないし道路交通法、道路運送法各違反に該当する犯罪行為であり、被告人金の行為は法令に基づく正当な現行犯人逮捕行為であるから違法性を阻却する、仮りにしからずとしても、同被告人は右逮捕行為が法律上許されるものと信じていたのであるから故意を阻却するのであって、原判決がこれを否定し被告人の有罪を認めたのは法令の適用を誤ったものである、また、原判決が小島の傷害行為は逮捕着手後になされたものと認定したのは事実を誤認したものである、小島は逮捕着手前ハンマーを振り回して傷害行為に及んだので、右傷害行為も犯罪を構成するから、同被告人の逮捕行為は適法である、というのである。

よって考察するに≪証拠省略≫によると、本件は前記労働争議から派生した事案であって、その経過は次のとおりであることが認められる。

一、構内タクシー株式会社は、自動車による一般運輸業その他を目的として、昭和二六年九月設立され、昭和三八年当時、所有車両は霊柩車二台、バス五台を含め一一〇台、営業所は下関市内に一二か所、従業員は運転手一三〇名、事務職員三八名合計一六八名であり、下関市内では有数のタクシー会社であるが、当時同社運転手の労働条件は、基本給一万円、歩合給総運輸収入の六パーセント、労働時間一日平均一六時間、一か月三六〇時間という程度で、北九州市や広島市におけるタクシー会社の労働条件をはるかに下回っていた。加うるに、同会社の労務管理もやや前近代的な面があり、昭和二九年ごろ一時労働組合が結成されたことがあったが、会社側の工作によって間もなく解散し、その後昭和三五年一二月、下関地区交通合同労働組合構内タクシー支部が結成され、本件の被害者とされている小島徳夫が同組合の執行委員長となり、昭和三七年一一月同人が同会社の営業課長に抜てきされ同組合を退くまで、組合を指導統率していた。

二、同組合は、昭和三八年三月二〇日、総評傘下の、全国自動車交通労働組合連合会(いわゆる全自交)に加盟するとともに、同月二一日会社に対し、基本給二万七千円、一週四〇時間労働、能率給(歩合給)総運収金の一〇パーセントの要求を大綱とする要求書を提出したが、組合と会社との間で労働条件に関し団体交渉が進捗せず、組合は時間外勤務の拒否、営業車へのビラ貼り等の戦術に出たため、会社の運賃収入が減少するようになったので、会社側はこれに対抗し、同年四月一八日午前五時ごろ組合側の虚をつき、車庫にあてられていた下関市新港町一三番地所在株式会社岡本自動車工場に多数の人員を動員し、組合員の抵抗を排除して強引に一一〇台の営業車中一〇五台を奪回し、これを本社車庫、長府日産工場その他に分散するとともに、同日午前一〇時ごろロックアウトを組合側に通告するにいたった。しかし、会社側が誤算のためあるいは引揚不要と判断したため、奪回しなかった霊柩車二台および営業用普通自動車三台は岡本自動車工場に残され、右工場二階に事務所をもつ組合側が依然としてこれを支配占有し、会社側の書面又は口頭による右車両の返還要求に対し就労を要求してこれを拒否してきた。

三、会社側は、組合が前記のとおり占有するマイクロ型霊柩車を予想に反して組合活動の用に供していたところから、右車両の性質上これを放置すれば会社の信用にもかかわると考え、同年六月初ごろ、同会社専務取締役岡本雄司、営業部長山下勝生、営業課長小島徳夫が集まってその対策を協議し、右自動車の車体検査証を取り上げるか、あるいは、前照灯、尾灯等車体の一部を損壊し、事実上同車の運行を不可能にする方針を定め、本件まで二回にわたり同自動車の損壊を実行した。すなわち、同年六月一〇日、山下、小島の両名は前記岡本自動車工場に赴き組合側に対しその占有する自動車の返還を要求した際、小島において組合員の隙を窺い、前記霊柩車の車内から持ち出した始動用クランクで同自動車のフロントガラスを叩き割り、更に、同月一五日、小島は岡本雄司外一名と共に自動車に乗り同会社阿弥陀寺営業所へ向う途中前記霊柩車を組合員五島功が運転しているのを目撃してこれを追跡し、下関市内豊前田富成酒類販売店前路上で右霊柩車の進路をさえぎりその前方に停車し、よって霊柩車を停止させたうえ、ハンマーで同車の前照灯、尾灯を叩きこわす等の実力行使に出た。

四、これに対し、組合側の闘争を指導していた全自交書記次長松枝脩介らは、たとえ会社の所有する自動車であっても現に組合がこれを管理占有している以上、かかる自動車を損壊する小島らの行為は器物損壊罪にあたるものと考え、小島らが今後も同様の損壊行為に出た場合には現行犯として逮捕し、警察官に引き渡す方針を定め、被告人金ら組合員にこれを指示した。

五、その後、組合側は会社が第二組合員を使用し営業を再開するという情報を得たので、同月一九日、被告人金を含む組合員らが長野一郎運転の霊柩車および私鉄防長の宣伝カーに分乗し、構内タクシー本社前に出かけ、会社の動向を監視していたところ、本社二階からこれを目撃した小島徳夫は、右霊柩車のライト部分を内部配線まで損壊し、同車の運行ができないようにしようと企て、同日午前一〇時四〇分ごろ、ハンマーを構え、ドライバーを持った同会社営業課長大西三徳と共に、霊柩車後部に近づき、大西がドライバーで同車の右後車輪を突く一方、小島がハンマーで右側尾灯を一撃してそのガラス部分を割り、更に配線取付部分まで損壊しようとしてハンマーを振り上げたところ、これを目撃した組合員らは前記各自動車から降り、前記組合の方針に従い小島を逮捕するため同人のもとに近づき、被告人金は小島の後ろから羽交締めのような格好で同人に抱きつき、その他の組合員も小島を取り囲み、押したり引いたりして霊柩車の内部に連れ込もうとしたが、同人はこれを拒みハンマーを振り回すなどして暴れ、その際、同人の前にいた組合員川竹将隆の左腕をつかみそのため同人がつけていた腕時計は引きちぎれて路上に散乱し、小島の前に回り同人を取り押さえようとした組合員長野一郎の左手に咬みつき、その結果右二名の組合員にそれぞれ全治四日ないし一週間を要する傷害を負わせるなど極力抵抗したが、ついに被告人金ら組合員は同人の手足をとって同車内に連れ込み、被告人金は車内でもなお抵抗して暴れようとする同人を運転台後部の供物台の上にうつぶせにして押さえつけ、同所から約八〇〇メートル離れた岡本自動車工場内組合事務所まで同人を連行し、間もなく組合員らの通報により同所に来た下関警察署司法警察員古田壮に同日午前一〇時五五分ごろ小島の身柄を引き渡し、その旨の現行犯逮捕手続書も作成された。小島は組合員らの逮捕行為に抵抗して前記のごとく暴れ、組合員らともみ合った際に原判示傷害を受けた。

以上認定の事実関係に基づいて考察するに、小島徳夫らのした前記一連の車両損壊行為は、車両の所有者たる会社側の方針に従ってなされたものであるから、その行為は一応刑法二六一条の器物損壊罪の構成要件に該当するが、被害者たる会社の承諾があるものとして、刑法上の違法性を阻却し、同罪が成立するものでないことは原判決の説示するとおりであり、従ってこれを器物損壊罪の現行犯にあたるとして小島を逮捕した被告人金らの行為を、私人による現行犯逮捕として適法とするわけにはゆかない。しかし、右小島らの行為は、会社が所有占有する車両を、企業の採算その他合理的な理由により平穏裡に損壊廃棄する場合などとは異なり、既に説示したとおり、会社側は組合の争議行為の対抗手段として、その所有車両のほとんど全部を引き揚げこれを自からの手中に確保したうえでロックアウトの通告をし、優位な形勢で紛争中、組合側がその支配下に残された数台の車両を、もっぱら組合活動に乗り回していることを知り、その使用を妨害中止させるために、同社専務の意を受けた小島らにおいて、あるいは組合員が占拠する工場に臨み、あるいは組合員が乗車進行中の右車両を停止させ、あるいは本件のごとく組合員が乗り込み会社側の動向を監視するために一時路上に停車している車両に近づき、ハンマー等を振ってこれを損壊する等の暴挙に出たもので、右は自救行為の限界を超えたものと認めざるを得ないから、たといその車両が会社側の所有に属し、組合側としてはただその引渡を拒みこれを擅に占有使用していたに過ぎず、刑法第二六二条所定の差押または物権や賃借権の目的物となっている場合には該当しないとしても、一旦争議終了の暁には、従業員の就労に欠くことのできない生産手段たる車両であり、組合員としてもその保全管理については、重要な利害関係を有する物件であるから、組合幹部が小島らの過去二回に亘る車両損壊行為を違法と考え器物損壊罪にあたるとの見解の下に、爾後右のような損壊行為を現認した場合は、これを現行犯として逮捕したうえ、警察に引渡すよう組合員に指示したことも、また、被告人金ら組合員が、右指示に従い本件損壊行為の現場において、これを制止するために逮捕しその場より連れ去り警察官に引渡したことも、叙上争議の原因、経過、損壊行為の目的手段、逮捕の動機態様その後の措置等諸般の状況に照らすと、多分に首肯し得る点があった、同被告人らは、本件当時その行為が現行犯逮捕として法律上許されるものと誤信し、かつ、そのように誤信したことについて相当の理由があったものと認められ、このような場合には犯意を阻却し、罪を犯す意思がなかったものと解するのが相当である。(改正刑法準備草案二〇条二項参照)なお、同被告人らは、小島を逮捕した後現場から同人を車に乗せて一旦組合事務所に引き揚げたが、その後直ちに警察官に通報し同人を引き渡したのであって、その間約一五分程度のことであるから、その間の身体拘束は逮捕行為による拘束の程度を逸脱したものとはいい難く、別個に監禁罪が成立するものではなく、小島の受けた傷害も、被告人金ら組合員が小島を逮捕する際その抵抗を排除するためにした実力行使の結果生じたものと認められること前記認定のとおりであり、右実力行使は逮捕に必要な限度を越えたものとはいえないから、傷害罪の刑責を負うものではない。そうしてみると、被告人金の行為は逮捕監禁致傷罪を構成しないのであって、原判決がその成立を認めたのは結局事実を誤認したか法令の解釈を誤ったもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により、原判決中被告人金に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において本件被告事件について更に判決する。

当裁判所の認定した罪となるべき事実は原判示第二の(一)記載のとおりであり、これに対する証拠の標目は原判決が同判示事実につき挙示する証拠の標目のとおりであるから、これを引用する。

被告人金の所為は刑法二二二条、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内において同被告人を罰金三千円に処し、右罰金不完納の場合の労役場留置につき刑法一八条、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項を適用する。

本件公訴事実中逮捕監禁致傷(被告人金に対する起訴状記載の公訴事実第二)の点は、前記説示のとおり罪とならないので、刑訴法三三六条を適用して無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 幸田輝治 裁判官 浅野芳朗 畠山勝美)

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